西へ、西へ

ポルトガル/リスボン

 朝8時に朝食を済ませ、軽く下調べをしてから宿を出る。
 今日はユーラシア大陸最西端のロカ岬を目指すべく、その玄関口となっているシントラへと赴く。シントラはリスボンから列車で西へ約40分ほどのところに位置しており、街が世界遺産として登録されている。

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 まずは列車の発着駅であるロシオ駅へと向かう。列車と現地でのバスの周遊チケット代金が含まれた、一日乗車券なるものがあるらしいのだが、私は買い方がよくわからなかったので、いつも通り切符にチャージする形でシントラへ向かった。

 シントラの駅舎は田舎町の趣深い佇まいをしていたが、観光客が蔓延しており、それなりに賑わっている。

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 フランスのフォンテーヌブローを思い出す。今日のポルトガルも非常に日差しが強く、いよいよ私も半袖で行動し始めた。

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 改札を出て右へ進むとバス停があり、ロカ岬へはそこから出ているバスに乗って40分ほどで辿り着くことができる。バスの乗車時間が長いので退屈するかと思いきや、その車窓から眺める景色は異国情緒をいかんなく漂わせ、カラフルな家々と自然の調和が目に優しい。ロカ岬へ行く人は案外少ないようで、バスの乗客はもれなく座席を確保していた。

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今は使われていない貨物用か何かの線路が道中長く続いていた。

 ロカ岬へ到着したバスはシントラへと戻っていく。このバスはおよそ1時間に一本しか出ていないらしい。岬にはささやかな展示館と記念碑だけがあり、観光地らしい貫禄は微塵もない。だがそれが最果ての地の風情を思わせる要因になっているのだから、これ以上の観光地化は望むべきではない。

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 到着するやいなや、いきなり岬である。勿体振る素振りもなく、急に道が拓けたときのような突発的な感動はない。しかしここが最西端か、ユーラシア大陸の極東から極西までやってきたのか、と思えば思うほど感慨深くなってくる。

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海の向こうには島かげ一つ見当たらない。先にあるのはおそらくアメリカ大陸なのだろう。

 すると一人の日本人女性が私に話しかけてきた。ロカ岬で日本人に会うとは思っていなかったので、嬉しくなってしばらく話をした。この方は私など足元にも及ばないような、実に興味深い体験をしていた。なんとフランスからポルトまで、サンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼路を辿って、はるばる徒歩でやってきたのだという。当時の私には衝撃的だった。私は自宅から1キロ強の最寄り駅まででさえ、歩くのを嫌がっているのというのに、およそ800km以上もある巡礼路+αの距離を踏破するなどまったくもって考えられない。さらに道中はどんぐりなどを焼いて食べていたというのだから、相当タフであるなと感服し、歩くことを比較的拒んできた私はその話を聞いて、汗顔の至りであった。また、すでにモロッコへも行ってきたそうで、モロッコの貴重な情報を余すところなく提供してくださった。

 そんな話もほどほどにして、ともにロカ岬を後にし、シントラへ戻る。

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シントラの街並み

 シントラにはムーアの城跡とペーナ宮殿というものがある。ムーアの城跡に登りたいとその日本人女性が言うので、登ることにした。

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 ムーアの城跡はスーパーマリオブラザーズのステージのモデルにもなったと言われており、また、ドラゴンクエストのモデルでもあるそうだ、というデマはこれ以上流してはいけない。それでも断固吹聴するのだ!という者がいるのであれば、このデマを信じたファンたちが城跡に殺到し、城跡そのものがスーパーマリオテーマパークへとその姿を変貌させることになったとしても、全責任を負う覚悟が必要である。非常事態宣言も視野に入れるべきである。

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 城跡を後にした我々は次なる行動に移るわけだが、彼女は明日イスタンブールに行くからその支度をせねばならないということだったので、一旦ここでお別れをする。私も彼女のような理解に苦しむ行動ができるよう精進しなければならないと思う次第であった。

 かくいう私は当初行く予定のなかったペーナ宮殿へと向かった。夕刻が近づいていたので、比較的急ぎ足で回ることにした。ペーナ宮殿のその概要については全く把握していない。とりあえずカラフルなお城であるということと、ムーアの城跡よりも高いところに登ることができるということだけがわかっている。

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 様式に統一感のないお城であったが、荘厳な雰囲気の聖堂などを見るよりかはいくらか面白かった。外装だけでなく内装も魅力的であった。

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 ペーナ宮殿を出ると太陽の姿が見えなくなっていた。バスの姿も見えなくなっていた。最終のバスはすでに行ってしまったらしい。宮殿からシントラ駅まではやや距離がある。仕方なく山道を下って歩いて行った。途方にくれた表情を見せながら歩いていけば、通りかかった車が拾ってくれるだろうと、それとなくアピールしたのだが、やはり世の中は甘くないらしい。ありとあらゆる高級車が私に一瞥もくれずに通り過ぎ、坂道を下り続ける私の下半身のありとあらゆる関節が悲鳴をあげながら車に乗せろと訴えているが、それらはすべて例外なく棄却されていく。

 それでもなんとかシントラ駅に到着した私は、駅構内のゴミ箱にありとあらゆる使用済みの関節を放り込み、リスボンまで帰り着いた。リスボンで再び先ほどの日本人女性と感動の短時間再開を果たした。彼女はサンジョルジェ城に行くと言っていた。私は宿に戻った。

宿に戻って蓄えていたパスタを茹で、トマトソースみたいなもので和えて食べた。明日の予定を考えるのも面倒だったから、とりあえずスタッフに明日の宿泊を確保してもらい、寝た。

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