アラブの香り

ネルハ→アルヘシラス

 プライベートルームがこんなにも快適だなんて思いもしなかった。たっぷり睡眠をとり、ゆったりと起き上がった私は、机に置いてあったリンゴをかじりながら、窓際に掛けてある洗濯物の状態を確かめた。が、全くといっていいほど乾いていなかった。連日30度近くまで気温が上がるので、簡単に乾くだろうとふんでいたのだが、夜は気温がぐっと下がることもあり、ようやく洗濯機で脱水が完了した時と同程度の乾き具合だった。やはり手洗いではこれが限界だ。ドライヤーを使用して乾かそうにも、こんな時に限って結構な量を洗濯してしまったので時間がかかる。結局途中で諦めて生乾きのままバッグに詰め込んだ。

 アルヘシラス行きのバスのチケットはこれまたグラナダで事前に購入していた。料金は20ユーロもしなかったと思う。この時の自分のぬかりのない計画性には今でも脱帽する。そしてその計画性を現在の自分に活かせていないことに関しては少々戸惑いを隠せない。

 宿のチェックアウトを済ませ、12時頃にバス停に到着した。しかし待てど暮らせどバスは来ない。やはりこういうところが日本とは決定的に違う点だと誰もが口を揃えて主張するだろう。だが日本において、過去22年間遅刻常習犯として指名手配とまではいかないものの、そう割り切って生活してきた私にとって、バスの遅刻を咎める理由もない。そもそも先を急いでないので何の問題もない。ぼーっとしているとバスが到着し、悪びれる様子もない運転手にチケットを見せて乗車する。

 今回、アルヘシラスからモロッコのタンジェという街に乗り込むわけだが、それ以外にもモロッコへはジブラルタルから行く方法など、航路はたくさんある。私はなんだかよくわからないのでとりあえずアルヘシラス→タンジェの航路を選んだ。皆さんもなんだかよくわからなければ、同じ航路を選ぶといい。

 バスはマラガやマルベリャなどを経由し、美しい地中海沿いをどんどん南下していく。そうして3時間半ほどかけてアルヘシラスに到着した。港町特有の浜辺の香りとややガラの悪そうな雰囲気が漂っている。

 ターミナルから港に向かって歩いていくにつれて、ある違和感を感じ始めた。ネルハやグラナダにいた時のような、スペイン特有の明るさや賑わいがあまり感じられないのだ。閑散とした街には、アラビア語の看板を掲げた廃墟が立ち並び、不審な人物の気配を感じるとまではいかないが、なんだか居心地が悪い。相変わらず空は綺麗に青いのだが。

 そうか、ここはもうモロッコなんだ。そんなちょっとした緊張感が街には流れている。

 ひとまずペンション街に赴き、本日の宿を探す。どこも安そうだが汚そうだ。誰かのブログに掲載されていた「PENSION TETUAN」というところを選び、アラビア語しか話せないご主人となんとかやりとりし、部屋を確保してもらった。受付の奥ではご主人の家族一同が食卓を囲んでいるところだった。家族経営なのだろう。ちなみにでかくてうるさい犬もいた。

 宿の内装は廃れており、廊下は所々電灯が点いておらず、日当たりが悪いのかジメジメしていた。通された部屋は鍵が刺さりずらく、なんとか開けて中を覗くと、紙風船のような柄をした掛け布団のかかったベッドと、小さな机と汚い洗面台のある、まるで独房のような部屋だった。窓を開けるとハエが何匹か入ってきたので、一通り応戦してから追い出し、一目散に窓を閉めた。部屋はなぜか日本の旅館と同じような匂いがした。

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 ひと段落した後に、フェリーの情報を求めてwifiに接続するべくロビーに降りた。部屋に電波が届かないので仕方なくロビーの椅子にかけてパソコンをいじっていると、足元を大型の黒い物体が時速300キロメートルほどで駆け抜けていくのが見えた。と同時に宿の犬が騒ぎ始めた。私の鋭い洞察力を持ってすれば、その物体が全長15cmの、足を20本ほど生やした異世界のゴキブリさんであることは一目瞭然であった。私の体は恐怖におののき、ゴキブリさんが隠れているであろう棚の下を、焼き焦げるほど見つめた。犬も鳴き声を棚の下に集中させるように吠えた。

 すると宿のおじいさんが現れ、「どうしたんだ?」という感じで私を見てきた。私は「コクローチ!」と棚の下を指差して言うと、まあおそらく英語はわからないのだろうが、何かいることは伝わったらしく、箒を持ち出して棚の下をガンガン突き出した。私はおじいさんの勇姿に感服した。そうしてゴキブリの処理を丸投げし、あたかも何もなかったかのようにその場を後にした。

 港には大きなフェリーターミナルがあり、その周辺に飲食店やチケット売り場が立ち並ぶ。まずはチケットを購入する必要がある。先ほど調べた内容からすると、フェリーの料金をぼったくってくるような姑息な連中が蔓延っているらしく、注意して選ばねばならない。「タンジール!タンジール!」と大声を出す者や、近寄ってきて「モロッコ?チケット?」と話しかけてくる奴もいる。そういう奴らは多分怪しいのだろうと思い、店構えのしっかりした、ちゃんとした(してそうな)スタッフがいるところを選んだ。店の名前は忘れたが、そこのスタッフのおじさんは非常に人柄がよく、流暢な英語でフェリーの乗り方や、一番安いチケットを教えてくれた。おかげでおそらく正規の値段であろう21ユーロで明日の朝一番のチケットを購入することができた。

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フェリーには高速船とそうでないものがあるらしい。このチケットはたぶん高速船ではなかった。

 安心してありがとうと言って店を出ようとしたその時、おじさんに「ちょっと待って」と言われ、ここでモロッコの通貨「ディルハム」に両替することを勧められた。「タンジェでは両替ができないから、みんなここで両替していくんだ。だから君もしたまえ、日本円でもいいぞ」などとのたまいだす。やはり優しさには裏があるのだ。もちろん私はタンジェでの両替事情など知らないが、基本的に人を疑ってかかるに余念がないので、そのような話に耳を貸すつもりはない。しかも両替のレートが圧倒的に悪い。レートを事前に調べていた私にはこの時点でおじさんが私からぼったくろうとしているのだとわかった。おじさんはあらゆるでまかせを駆使して両替をさせようとするが、私はそれら全てを棄却した。読者諸君、安易に人を信じてはいけないぞ。

 そんなやり取りの後だったからか、いっきに気力が削がれ、体が睡眠を求めているのがわかった。しかしあの独房で眠る私を想像すると余計に憂鬱になった。夕食をとろうにも、アルヘシラスの飲食店は何か得体の知れない料理を提供してくるのではないかという気がしてならず、外食は控えることにし、まだまだ十分に残っているチョリソたちを食べてやり過ごすことにした。

 当時は相当気分がのらなかったのだろう、アルヘシラスに関する写真がほとんどない。こんな風に書くとアルヘシラスはひどいところなのだと思う人が増えてしまうことが懸念されるが、それなりにいいホテルに泊まり、フェリーチケットはフェリーターミナルで購入すれば(フェリーターミナルの外と、フェリーターミナルの中の両方でチケットを購入できる。外の方が価格交渉の余地がありそうだった。)、特に気分を害されることもなく滞在できるはずだ。しかしこの街には滞在し続けるほどの魅力がないことも確かで、ほとんどの旅人はここを経由地点としか考えていないようだ。

 宿に帰ると、ゴキブリさんとの格闘を制したのであろうおじいさんが椅子でうとうと居眠りをしていた。暗くてヌメヌメした共有シャワールームが私にとどめを刺した。

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