みんなお世話になりすぎ、疲れすぎ。

 こんにちは。
 そろそろカンボジアの余韻も吹っ飛び、心機一転お仕事に励んでいるかとお思いでしょう。私の周りの浮き足立った雰囲気も徐々に薄れつつあります。
 どっこい、私に関しましては、5月病という不治の病に精神を蝕まれつつあります。現実世界への復帰というものは、現実から離れれば離れるほど難しいということは皆さんもご存知でしょうが、私は今回精神的現実逃避史上最高距離に到達いたしましたので、かつ、寄り道しながら帰っていますので、もうしばらく時間がかかりそうです。
 しかしながらそんな私の苦悩とは関係なく、時間はどんどん過ぎ、毎日慌ただしい光景が眼前を通り過ぎていくばかりです。

 さて、そんな穏やかでない精神状態のまま仕事をしていますので、どうでもいいことが大変気になります。
 今回は題名の通り、みんな「お世話になり過ぎ、疲れ過ぎ」です。
 皆さん仕事では頻繁にメールを使用しますよね。メールを取引先や社内の人間に送る際、必ずと言っていいほど「お世話になります」「お疲れ様です」と冒頭に一言添えている人が大半だと思います。
 「うん、当たり前じゃね?挨拶なんだから」とお思いでしょう。そうですよね、私もこれはよく使いますので、使うことに異論はありません。

 ここからは屁理屈でありかつ詭弁でありますので、お付き合いいただける方は読んでいただければ結構ですが、「あ、またこの人意味わからんこと言うてはるわ。かなんな〜」な人がおられましたらご退散願います。

 では本題に。
 仕事におけるメールの文面といえば先述のように、


◯◯様
いつもお世話になっております。(お疲れ様です)
△△です。

◆◆の件、いついつまでにご対応いただけますでしょうか。

よろしくお願いいたします。


 みたいな感じだと思うのですが、これについての私の怒りの矛先は、皆決まりきってすべてのメールに「お世話になります」「お疲れ様です」を冒頭に添えていることにあります。

A「B様、お世話になります。◯◯の件、状況いかがでしょうか?ご確認よろしくお願いいたします。」
B「A様、お世話になります。現在問題なく進行しております。よろしくお願いいたします。」
A「B様、お世話になります。かしこまりました。合わせて△△もご確認ください。よろしくお願いいたします。」
B「A様、お世話になります。承知いたしました。確認し、ご連絡します。よろしくお願いいたします。」
A「B様、お世話になります。ご連絡お待ちしております。よろしくおねがいいたします。」

 なんっ回おんなじこと言うとんねんっ!なんなら何回よろしくお願いしとんねん!

 こう見ると実に不自然極まりないですよね。
 「いやいや、ビジネスマナーってのはこういうものなんですよ。」とおっしゃりたい気持ちもわかります、というのは嘘で、全く理解しがたいです。

 では皆さん考えてみてください。取引先と直接会話するときにもターンが変わるたびに「お世話になります」と言いますか?同僚と話すときにも毎回「お疲れ様です」と言いますか?挙げ句の果てには「よろしくお願いいたします」と付け加えるのだろうか?
 もしメールの文面でこの一言が必須なのあれば、会話中にも常に言わねばならないではないか!
 そんなことをしていたら話が進まないどころか、それはもはやドラクエに出てくる町の住民と同じである。遊戯王の「俺のターン!ドロー!」と同じである。

 さらにもう一つおかしいと思うことがあります。
 皆何でもかんでも丁寧であれば良いと思っているのか知りませんが、「よろしくお願いします」を「何卒よろしくお願い申し上げます」とか「恐れ入りますがどうかよろしくお願いいたします」とか「大変お手数おかけして申し訳ございませんが、何卒どうぞよろしくお願いいたします」をそんなに大したお願いでもないにも関わらず丁寧っぽい言葉を濫用しているということである。
 比較級ですか?と質問したくなるし、中にはあろうことかこれを定型文に含ませている人もいる。だったら自分の日頃の会話にもそれらを定型文として脳みそにプログラミングでもしておけば良い。

 したがってこれは言葉の濫用である!断固支持すべきではない!

 ふーっふーっ…少し鼻息が荒くなってしまったが、要するにメールにせよ電話にせよ会話にせよ、分け隔てなく自然であるべきだということが言いたいのです。
 なので私は「お世話になります」「お疲れ様です」は一通目のみ、「よろしくお願いします」も必要な時のみ、と決めてメールを送っています。
 だって普段の会話はそうですから。

 「みんなそうやっているんだから、同じようにしておけば間違いない」という意見が大半で、そうすればいざこざもなくやり過ごすことができるというのもわかりますが、それも一種の思考停止状態で、ロボットにもできることなんですよね。
 そういうところから人間の考える力とか、温かみとか、リアルなコミュニケーションは欠如していくのだと思います。

 少し話は変わりますが、日本人は「おもてなし」を勘違いしているということをイギリス人アナリストのデービッド・アトキンソンは指摘しています。観光立国実現に向けて東京五輪のキャッチフレーズに掲げた「おもてなし」というワードは、要するに過剰サービス過剰供給のことであり、それは外国人が日本に求めている「おもてなし」の姿とはかけ離れています。つまりは全てが供給側の視点であるということです。
 過剰な丁寧文は押し付けがましい供給側の御都合主義に通づるものがあるとふと思いました。

 「丁寧な言葉(と思い込んでいる言葉)を濫用すること」=「相手を敬うこと」ではないです。

 社会の都合に合わせずに、もうちょっと自然に振舞いませんか?

 以上!詭弁でした!

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