タイ/スパンブリー県ノーンヤーサイ
実に奇妙な夜のお話である。
1日目の視察を終え、腹も満ちたたろゑもんは泥のような眠気に襲われていた。F先生はファームからほど近いコテージを我々のために手配してくれており、たろゑもんは何の心配も覚えずにただただ流れに身を任せていた。まったく、旅に出てこれほどまでに他力本願ったのは初めてである。
ナムアンリゾートと呼ばれる宿泊施設は、日本でもよくあるキャンプ場のように、コテージが集合した施設であった。1人1棟手配されており、その贅沢な使い方に興奮を覚えた私は、その1棟を「我が城」と名付け、縦横無尽に城内部を精神的に拡張する作業にいとまがなかった。
F先生はここでも「我が城」での生活に何一つ不自由の無いようにと、ミネラルウォーターをたくさんくれたり、捥ぎたての果物をくれた。たろゑもんはその完全無欠の支援体制を目の当たりにし、あっけにとられていた。
あっけにとられながら、大量発生が予告されている蚊に備えるべく、蚊除けクリームを全身に塗りたくったが、シャワーを浴びてその効果が無に帰したことを嘆いた。
風呂場で落胆していると足元をぴょこぴょこ飛び跳ねる物体が視界に紛れ込んできた。蛙である。どこから現れたのか、蛙は体を流す私の周りを、降りかかる水や泡を物ともせず蹂躙している。私は彼に「ぴょこゑもん」と名付けた。「ぴょこゑもん」はただただ飛び跳ねるばかりで、まるで「はねる」しか覚えていないコイキングのように愚かであった。「風呂の中の蛙、大海を知らず。」
シャワーを終え、ただぼんやりとテレビのスイッチを入れる。何も映らないテレビを眺めながら、溜まりに溜まったブログ更新を片付けようと意気込むが、やはり眠気は最大の敵であり、決して敵わぬ敵である。私は自ら進んで屈することを選んだ。
ふと横を見ると部屋の隅を「ぴょこゑもん」がぴょこぴょこ跳ねていた。「風呂の中の蛙、大海を拓く。」
しかしそう簡単にたろゑもんが眠ることはなかった。
あろうことか私が眠ろうとした途端、タイミングを見計らったかのように外で犬が遠吠えを開始したのだ。しかもちょうど「我が城」の真裏で!
「おいおい何時だと思っているんだこの愚犬め!」たろゑもんは激怒した。
必ず、かの邪智暴虐の愚犬を除かなければならぬと決意した。たろゑもんには遠吠えがわからぬ。一方たろゑもんもただの愚民である。大学生活を蔑ろにし、社会人生活までをも蔑ろにしようとしているのだ。けれども愚犬に対しては人一倍に敏感であった。しかしながら誇るべきことに、睡眠にはより一層貪欲であった。「帰ろう。睡眠世界へ!」たろゑもんは泥のように眠った。
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翌日である。たっぷりと眠った私は気分爽快であった。何においてもまずは睡眠が一番である。
外に出ると、昨日にも増して空はその曇天さに磨きをかけており、今まさに雨が降らんとしていた。
「我が城」の裏では遠吠えていたワンコロが寝そべっていた。
続く