バンビエンという町をご存知だろうか。アジアを旅する腐れバックパッカーたちがこぞって目指す、「WDMA(全世界惰眠貪り協会)」の天竺と崇められるこの地は、風光明媚な野生的大自然に取り囲まれており、訪れる者全てを世間というしがらみから解放する。
さらにはその長閑な町並みがもたらす時空の歪みは、先進国的時間軸との大幅な乖離現象を発現させ、多くの旅人の感覚神経は衰退し、三半規管に壊滅的被害を受けるという、実に神秘的な町なのである。
そんなバンビエンでの過ごし方はというと、あるときはナムソン川をぷかぷかと漂い、ある時はハンモックに揺られながら「ちるあうと」なミュージックに酔いしれる。またある時は山に登り、池に飛び込む。そして仕上げにビアラオをぶち込めば、腐れバックパッカーの完成である。
ここでは社会復帰という言葉はもはや死語である。
私も例に漏れず腐れバックパッカーであるので、その噂を嗅ぎつけ訪れるに至ったわけである。
そこで目にした光景のほとんどはやはり、葉っぱや酒で魑魅魍魎と化した欧米人たちのお祭り騒ぎであり、彼らは日夜狂喜乱舞しながらバカンスを謳歌しているのである。
いやあ、極楽極楽。
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【ビエンチャンからバンビエン行きのバス】
午前9時出発で、片道50000kip≒685円。
MIXAY GUESTHOUSで手配してもらったように、ラオスではどの宿でもバスやツアーは手配してくれるし、宿まで迎えに来てくれる。
バンビエンは、首都ビエンチャンから車で北へ向かうことおよそ4時間、ちょうどルアンパバーンとの間に位置している。
バスでの移動環境は熾烈であり、凹凸に歪曲を重ねた山道を猛スピードで前進する車内では嘔吐する乗客もちらほらといた。
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到着したは良いものの、雨季でお天気が優れない。
ちなみにここバンビエン、欧米人以上に韓国人の数が異常に多い。韓国のテレビ番組で紹介されたことがきっかけとなり、数年前から急増したそうで、あらゆるところにハングルの文字が散見される。
宿はレアルバンビエン2という欧米人向けの小ぎれいなゲストハウスを選んだ。値段は覚えていないくらい安く、水周りも文句なし、朝食もついており実に充実していた。
宿の最上階のテラスからの眺めがなかなかに良い。
宿で一通りだらだらした後、あまり暇を持て余しすぎるわけにもいかないので、その辺でレンタルバイクをして遠出してみることにした。町のいたるところにレンタル屋があり、バイクは1日80000kip ≒ 1110円くらいで借りることができるし、パスポートを預けるだけの簡単な手続きであった。
満タン返しが不要なので、ほとんどのレンタルバイクのガソリンは空である。町に一つだけガソリンスタンドがあるので、そこで給油をしていざ出発。ガソリンの値段は日本と同じくらい。
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さて、それではバンビエンで一番の人気スポット「ブルーラグーン」に行くとしよう。なんでもエメラルドグリーンに輝く池が綺麗だとかで、その池への身投げが一種の名物なのだそう。
道中こういう橋があって通行料をいくらか取られる。5000kip ≒ 70円くらい。
ゆっくりとバイクを走らせることおよ20分ほどでブルーラグーンに到着。
インスタや他の人のブログなんかで見る写真では翠緑のエメラルドグリーンに映るブルーラグーンであるが、実際はこんなもんである。とはいうもののそれなりに綺麗である。
多くの人が次々に身を投げるなか、元来人見知りの私はただひたすら傍観に徹していた。
さらにブルーラグーンの奥には洞窟があったので、暇だから入ってみた。
洞窟までにはこんな感じの険しい崖階段を登らないといけない。サンダルで行くと怪我をする(しました)。
洞窟の奥の方に進んで行くと、何やら仏像のような者が横たわっていた。
このアホみたいな顔をした仏像を眺めているうちに、私もこんな風に生涯だらだらして暮らしたいなあと願う気持ちが強くなるばかりで心は救われそうにないので、足早に洞窟を去った。私もあなたのようにだらだらしていて良いですか、仏様。
洞窟を出ると雨がぽつぽつと降り出していた。日没が近づき、徐々に気温が下がるのを感じる。それでもなおラグーンで身投げを繰り返す腐れバックパッカーたちに乾杯。
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宿に戻ってシャワーを浴び、洞窟探索で泥だらけになった服を洗濯する。
さっぱりしたのでバイクを返却し、夕飯を食べに町をぶらつく。バンビエンのレストランは座敷が主であり、汚くて硬いクッションに囲まれながら食事をすることになるが、これがなかなか居心地が良い。
やっぱりこれですよ。ビアラオとラープ。ビアラオのコクのある喉越しと、レモングラスなど各種スパイスの酸味溢れるラープの組み合わせが味覚を究極に刺激する。ビアラオはすすむしラープはおかわりするしでもう天国!常に食べてたい!暴飲暴食!万歳!
ぐだぐだと飲みつつ読書なんかをしていると時間が過ぎるのも忘れてしまう。
そんな幸福感に包まれてこの日を終えたのであった。